2015年04月12日

昭和63年の合宿

とーきです。



前回、

みんさんのリクエストに基づき、

昔の作品「ごきちゃん」について、

個人的な解説や思い出話を出来る限り控え目にして、

だいぶつ活動全般の記録のつもりで書いてみました。



そこで、

一度は書くのを控えようと思った表題の合宿についても

同じ発想で書いてみますね。





「合宿」については

2013年6月19日の項で書きました

劇制作には直接関係ない、ただの観光旅行です。





その行先の決め方ですが、

6月後半頃のクラブ会議で

「今年の合宿はどこへ行こうか」

との課題で話し合いが行われ、

行きたいところをみんなにいろいろ挙げてもらいます。

もう好き勝手に言ってもらいます。



要望が複数集まったいくつかの候補地の中から

現実的に行けそうな場所かどうかを考慮し、

話し合いや多数決などを交えて決めます。



そして、どの世代にも

旅行や交通に強い部員がいるもので、

そういう部員が

交通手段を考えたり切符を手配したり

宿泊先を探したりします。





みんさんが思い出深いと言う昭和63年の合宿は

上高地〜飛騨高山コースでしたね。



鉄道に詳しいという理由で

僕が幹事を務めさせていただきました。



当時運行を始めたばかりの近鉄特急「アーバンライナー」に乗り、

2日目は飛騨数河高原でテニス、

3日目は信州上高地の大自然を満喫、

4日目は飛騨高山の古い街並みを散策して

大阪行きの急行列車で帰って京都駅で解散、

・・・こんな行程だったと記憶しています。

みんさんは覚えていますか?



この3泊4日の贅沢な旅行、

当時まだ1回生だった僕は、

先輩たちの希望を言われるままにプランに盛り込んだため、

確かに楽しい旅ではありましたが、

学生には少し出費が大きかったかな

との反省もありました。



その反省は翌年の合宿に活かされ、

中身の楽しさを損なわずに旅費は安く、

という難題をクリアすることに役立ちました。



僕が幹事を務めたのはその2年間ですが、

以前も以降も、

幹事を務めた先輩たち後輩たちは

毎年毎年その難題に挑戦し続けていたのでしょう。





その挑戦の結果は

以前の項でも書いたとおり、

みんなが楽しそうな顔で写っている写真を見れば

全てわかる、というものです。



それに、

27年経った今になっても、

みんさんから「楽しかった」と言われれば

幹事の苦労も報われる、というものです。

ありがとうね、みんさん。



posted by みん at 01:09| 愛知 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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