2013年04月25日

DIVE2の人形たち

とーきです。

 

前回まで、

だいぶつ時代に製作された人形たちを

いろいろ(ほんの一部ですが)紹介しました。

同じパターンで今回は、

卒業後のOB劇団「DIVE2」で製作された

人形たちを紹介します。

 

学生時代に培った技術と知識が応用されて、

少し高度な人形が製作されました。

 

 

平成6年の「サル」です。

口パクですが、

内部の指を別々に操作できるカラクリを仕込んで、

「キーッ!」

と歯を剥き出しにする表情が作れるよう、

口と唇が別々に動く二重構造になっています。

  

この人形は平成10年、11年、18年の

それぞれ別の作品にも

違うキャラクターで流用されました。

 

 

同じカラクリを応用し、

唇を操作していた箇所を眉毛につなげて、

目の表情を変化させられる人形をつくりました。

 

平成8年の作品「犬」です。

「ポチ」とも呼ばれています。

飯田ミッドナイトの公演中に、

「あの人形の眉毛、動いてる?」

「動いてないよ。動くワケないだろ」

「動いてるって」

との客席のヒソヒソ声を耳にした演出のゴローが

心のなかで「よしよし」

と微笑んだらしいです。よしよし。

平成9年、10年、11年、18年、24年の

それぞれ別の作品で、

同じキャラクターでも違うキャラクターでも、

何度も再利用されています。

 

 

平成11年の「ネコ」です。

大中小3つの人形を作り、

舞台セットの上中下段を飛びまわり、

遠近感をだす工夫を試みました。

  

後に、この人形たちを活用するために

「ネコレンジャー」の脚本を書き、

平成13年の飯田でブレイクしました。

 

 

その「ネコレンジャー」を

23年の「矢田の里・人形劇まつり」

でリメイクした際の、主役の王子の人形です。

だいぶつで不要になった持ち主不明の人形の頭と、

過去にDIVE2で作った人形の胴体を、

つなぎ合わせて作りました。

 

 

学生にくらべて社会人は

自由な時間が少ないためか、

既存の人形を改造したり流用したり、

人形にあわせた脚本を書いたりして、

効率よく劇を制作する工夫をこらしています。

そのため、

数少ない人形が何度も何度も活用され、

息の長いキャラクターとして定着したり、

DIVE2のマスコットになったりします。

上記の「犬」と「ネコ」は、

飯田の顕彰碑のシンボルに抜擢されて、

未来永劫その姿が残されることになりました。

 

 

次回予告

「息の長いキャラクター」のなかでも

とくに長く活躍しているキャラクターについて。

 

posted by みん at 21:47| 愛知 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月15日

現存する人形たち

とーきです。

 

前回まで、

だいぶつ時代に製作された人形たちを

いろいろ紹介させていただいたところ、

少しだけですが、

「懐かしい」との反応がありましたので、

もう少し続けさせていただきましょう。

 

今日紹介するのは

今うちに残されている人形たちです。

誰が作ったのか、

どんな作品のどんなキャラクターなのか、

何も分からない…

そんな人形たちです。

知っている方がいれば教えてくださいませ。

そして、

「懐かしい」と思ってくれるOBが

他にもいれば、嬉しいな〜。

 

これは、おそらく平成4〜6年ころの

「ナマズ」です。

口パクだけでしか動けません。

布の模様がリアルにヌメヌメ感を表せています。

 

同じ時期のものと思われる

「からかさオバケ」です。

口と目が別々に操作できる優れものです。

 

もう少しあとの平成8〜10年頃のものかな。

何なのかはわかりませんが、

かわいらしい指遣い(手遣い)人形です。

ニンジンとカボチャ…ではないんだろうな〜。

 

たぶん、どちらも「タヌキ」です。

平成15年以降のものと思われますが、

間違っているかもしれません。

同じ作品に登場の二匹なのか、

別の時代の別の作品のキャラクターなのか、

どっちでしょう。

ウレタン製の口パクです。

 

これも平成15年以降のものと思います。

たぶん「ネコ」と「クマ」かな。

ウレタン製の口パクで、

「ネコ」の服は、丁寧に豪華に作られています。

 

よく似た顔の人形たち。

同じ作品に登場した家族か兄弟か、

それとも全く別の作品に出ていたのか。

だいぶつで製作された人形のなかで、

おそらく末期のものと思われます。

きれいな服が丁寧に作られています。

 

頭部の内部は発泡スチロールで、

後頭部に芯棒がついています。

前々回の一番はじめに紹介した

昭和54年ころの「赤鬼」と同じ構造です。

 

 

三回にわたって、

だいぶつで製作された人形たちの写真を載せました。

写っていた人形は30体以上。

年代が新しくなればなるほど、

完成度の高い、きれいな人形が増えていきます。

しかし、構造的に

30年前のものと全く変わらないものもありました。

 

先輩から後輩へ

伝えられる技術があって、

新しい技術がプラスされて、

それもまた伝えられて、残されて、応用されて、

どんどん進化していく様子が見てとれます。

 

先輩から後輩へ、

変えてはいけないことと

変えなければいけないこと…。

だいぶつの人形たちは

クラブにおけるタテのつながりを

ちゃんと体現してくれていました。

 

この項目の書き込みを始めたときは、

まさかこんな結論が導き出せるとは考えず、

軽い気持ちで

人形の紹介をするだけのつもりでした。

でも今、これを書きながら、

ちょっとだけ驚きと感慨に耽っています。

クラブの歴史が持つ意義、重み、証し…

必ずどこかに、何かに、

その痕跡は現れるものなんですね〜。

 

 

追記、

ここに写っている人形が欲しい方は

ご一報ください。

製作者ご本人であれば、お返しします。

または、

製作者の許可があれば、差し上げます。

 

posted by みん at 21:35| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月31日

手づくり人形、その2

とーきです。

前回に続いて、

人形劇だいぶつで使用していた人形たちを

いろいろ紹介します。

前回は基本的な構造のものを紹介しましたが、

今日は少し変則的なものを紹介します。

 

まず、いきなり「変則的」ではありませんが、

現存する人形のなかから、

いわゆる「口パク人形」です。

平成15年頃の作品と思われます。

 

セリフに合わせて口をパクパク動かし、

同時に両手のピアノ線も操作します。

だいぶつで多用していた人形のなかでは

表現力には優れた構造ですが、

口パクと両手、別々に操作するのが難しく、

しかも

出番が長引けば腕が疲れてくるので、

使いこなすには

それなりの訓練と経験が求められます。

 

こちらは、

だいぶつでは珍しい、糸操り人形、

いわゆるマリオネットです。

平成8年の飯田作品の練習風景。

 

人形の全身の間接に糸をつなげているので、

棒遣いや手遣いよりも

より本物っぽいリアルな動きが表現できるのですが、

慣れるまでは操作が難しいんですよね〜。

 

平成3年8月の

朝日新聞(奈良版)に掲載された写真。

マリオネットを応用して作った

巨大なクモです。

 

平成4年の作品で、ムカデ。

今うちにある人形の中で最古のものです。

片手で頭部(口パク)を操作、

もう片手で、胴体〜シッポを操作していました。

なぜかこの時期は、

虫を題材にした作品が多かったようです。

 

平成元年の「救急車」「消防車」「火事」。

素材は、何だろう。

ボール紙でしょうか。

火事くんは、目玉だけが動く構造のようです。

 

平成22年の「机」。

ウレタンを布で覆って作られています。

裏面にはちゃんと顔があって、

給食の食べ残しを押し込まれると怒り出します。

 

子供を楽しませるための学生ボランティアなので

なんとか言い逃れできますが、

もし公演料をもらっていたら

著作権侵害で問題になりそうな棒遣い人形。

発泡スチロールの削り出しに

和紙、塗装、ニスでコーティングして作っています。

平成3年の作品。

 

このように、

作品の内容に合わせて、

いろいろな構造の人形を

工夫しながら作っていました。

 

 

さて、

お〜い、おじょう〜、

読んでくれていますか〜。

先日の公演は、お疲れ様でした〜。

で、その時は、

人形はどうしたのですか?

手元にあるものを使ったのでしょうか。

それとも

新しく作ったのでしょうか。

シルバーさんたちの人形は

どうやって用意したのでしょう。

ケコミなんかは、どうしたのかな。

OB活動の参考に、

教えてくれると嬉しいで〜す。

 

 

posted by みん at 16:36| 愛知 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月18日

手づくり人形

とーきです。

 

今日は

学生時代の人形劇で使用していた

人形について書きます。

 

先日の、DIVE2の仲間の結婚式で、

新婦のお友達の方々が

「へえ〜、手作りなんですね〜」

と感心してくれたとおり、

基本的に人形は

僕たち自身の手作りでした。

作り方も、

先輩から後輩へ受け継がれながら、

40年の間に

いろいろな変遷が見られます。

 

まず、昭和54年頃の写真。

奥の赤鬼は

おそらく発泡スチロール製かと思われます。

棒遣い人形の一つで、

よく見ると後頭部に操作棒がついていますね。

この構造のものは、

頭部だけ上下左右に操作できるので、

両腕の操作と合わせて

いろいろな感情表現が可能です。

 

手前の黄色い服の部員の右腕には

手遣い人形がはめられています。

 

その手遣い人形の写真のなかから、

これは昭和61年頃のもの。

頭と手首は発泡スチロール製ですね。

 

同じ手遣い人形でも

こちらは、頭と手首が布製のもの。

平成4年の大学の入学案内パンフの写真です。

プライバシー配慮のため、

顔にボカシを入れました。

“呪いの写真”ではありません、念のため。

 

手遣い人形は

中指・薬指を折り曲げ

人差し指を真上の頭部に、

親指と小指を広げて両手部に挿し込んで操作します。

胴体は布製で、手が入るような袋状になっていて、

頭部や両手部は綿・ウレタン・発泡スチロールなどで

指先がしっかり入るように作ります。

いいだ人形劇フェスタのシンボルマークも

このイメージで作られていますね。

操作が比較的に簡単で、

特別な技術がなくても

容易に感情表現が可能なタイプです。

 

これは、平成2年の

発泡スチロール製の棒遣い人形。

発泡スチロールの表面に

和紙を貼って色を塗って

ニスを塗ってコーティングしています。

 

棒遣い人形は

胴体に挿した心棒と

両手のピアノ線を操作して、

腕の動かし方で感情を表現します。

 

平成14年頃の製作の様子。

スポンジ(ウレタン)の固まりを

人形の形に切って整えて

(この作業、静電気がすごいんだよな〜)

その上に布をかぶせて縫製して作ります。

平成10年以降の人形の多くは

この方法で製作され、

現存する人形もほとんどがこの構造です。

そうして製作された平成14年頃の人形たち。

素材はウレタン+布で、

人間だったり動物だったり、

遣い方は口パクだったり棒遣いだったり、

様々な構造にアレンジされています。

 

 

ところで、

仮に

一年間に平均5作品を制作していたとして、

一作品に平均5体のキャラクターがいたとして、

40年間で、

約1000体の人形が製作されていた計算になります。

今日ここで紹介した人形は、

基本的な構造のものばかりで

ほんの一部だけ。

 

1000体……

実際は、たぶん、それ以上……

…そんなに作られていたのか…

改めて数字で見ると…すごいなあ。

 

次回に続きます。

 

posted by みん at 19:21| 愛知 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月27日

だいぶつネーム

とーきです。

「とーき」とは僕の本名ですが、

漢字表記ではなく、

毎回わざわざ「とーき」と書くのは

これが人形劇だいぶつ内での通称名だからです。



一般的にはニックネーム・愛称とも言えますが、

あくまでもニックネームや愛称ではなく、

だいぶつ内での正式な名前として

使い続けていた(今も使い続けている)名前です。



これが表題の「だいぶつネーム」です。



僕の場合は本名由来ですが、

だいぶつネームには

様々なものが見受けられます。



僕がこのブログに記載したことのある、

または、コメントに寄せられたことのある

だいぶつネームを列挙すると…



ラビット

かん

つき

みん

おー

ティーチャー

ゆっきゃん

やっちん

ほげ

らっしー

びば

でーた

まーぼ

なぎ

おじょう

かまち

ゼロ

ゼン

つくーる

…などなど。



ここに挙げたものだけを見ると、

本名そのままなのは、僕くらいかな。



本名が簡略化されたものが

つき、おー、…など。



本名由来で、その一部が変化したものが

みん、ゆっきゃん、…など。



誰かに似ているからとの理由で付けられたものが

ティーチャー、でーた、…など。



なぎ、は

昔、なぎなたをやっていたから、らしい。



ゼロ、は

元々はゼロカスタムだったはず。

ゼロカスタムとは、確か「ガンダム」用語ですよね。

なぜゼロちゃんにガンダム由来の名前がついたのかは

僕は知りません。



ラビット先輩の名前は、

それが「だいぶつネーム」かどうかも分かりません。

「ラビット」のお名前でコメントが寄せられたので、

勝手にそう思い込んでいるだけです。





春先の部活では、

“新入生の「だいぶつネーム」を決める部会”

が開催され、

そこで新入生本人の希望や

先輩達の好き勝手な意見をもとに、

人生の新たな名前が付けられちゃうのです。



僕が初めて人形劇部の部室に入って、

当時の部長が「ボン」「ボンちゃん」「ボンさん」

と呼ばれているのを聞いたときは、

往年の刑事ドラマ「太陽にほえろ!」をマネしている、

と、本気で思い込んでいました。



でも、後に

奈良教育大「エコー」でも

奈良佐保女子短「えのぐばこ」でも

同じようなニックネームがあることを知り、

もしかしたら人形劇の世界の、

あるいは演劇の世界の、慣例なのかな、

と理解するようになりました。



某大学関連サイトで、

だいぶつネームとは

「一生その名前で呼ばれる」

との解説がされています。



そのとおりです。



大学を卒業して、

郷里に戻ったり、新しい家庭を持ったりして、

人形劇とは縁のない生活を始めた卒業生は

その名で呼ばれることは少なくなります。

が、

何年ぶりかで再会などの際には、

当たり前のように、

その名で呼ばれることになります。

ましてや、

卒業後もずっとOBOG同士で交流していれば、

ずっと呼ばれ続けることになるのです。

それが本名とは全く関係のないネーミングであっても。



「とーき」

「みんさん」



卒業してから20年以上経過した今でも

そう呼び合っているのです。



そういえば、みんさん

「みんみん」って呼ばれていたこともありましたよね〜。



posted by みん at 20:30| 愛知 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

みんさん近況

またまたご無沙汰してます、みんです(^o^)/

奈良に来て1ヶ月ちょっとが経ちました。
なんだか、バタバタしていますが、とりあえず、元気に過ごしておりますo(^-^)o

2月の初めから働きはじめました。
とある呉服屋さんの営業です(^_^;)
まだまだ未知の世界で毎日が驚きの連続です(^。^;)

電話をかけては断られ続けて、先輩のおば様について行ってはすごいなあと関心しています(≧ω≦)b

なんと、営業の中では私が最年少(°д°;;)

平均年齢60〜70歳で、過去に85歳の営業の方もいたそうですw(☆o◎)w

とりあえずはやっていけるかどうか、3ヶ月は固定給なので、様子を見てみます(笑)

そういえば、先輩のおば様についてお客様のところに行ったら、そこはお好み焼き屋さんをやっていて、お昼ご飯をそこで食べました。
その時、たまたま、私がプロの人形劇団にいた話になって、ぜひ知り合いのところで人形劇をやってほしいと頼まれたので、OKしました。

だいぶつの最終公演の時に前座で上演したなかよしと言う人形劇を老人ホームでボランティアで上演するかもしれません(*^_^*)

今度、下見がてら、老人ホームのイベントを見学させてもらうことになりました。

その時に会場の広さや観る人数や客層などなどをリサーチしてきます。

そのうち、ダイブ2のメンバーもお手伝いを頼んで、一緒に上演できると嬉しいな(o~-')b

とりあえずの新生活、まあまあの滑り出しです(^_^)v

とーき、たまには遊んでちょ( ̄ー+ ̄)ニヤリ
posted by みん at 20:26| 愛知 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月02日

クリスマス公演

とーきです。

 

表題の「クリスマス公演」とは

12月の人形劇公演ラッシュの通称で、

この時期に「クリスマス会」を開催する

多くの子供会や幼稚園などから

公演依頼が殺到し

(「殺到」と言うほどでもないかな…)

12月の土日祝日のほとんどが

出張公演に費やされて忙殺される

(「忙殺」と言うほどでもないかな…)

人形劇だいぶつの年間活動の

文字通り「ヤマ場」です。

 

この写真は前回にも掲載しましたが、

画面の左端にクリスマスツリーが見えますので、

これはおそらく

どこかのクリスマス公演の写真だと思われます。

昭和55年頃の写真です。

 

翌昭和56年のクリスマス。

何人かの子供達と学生が

同じパーティー帽子を被っていますね。

 

平成元年のクリスマス。

これも前回掲載の写真ですが。

ケコミへのデコレーションは

クリスマスの特別仕様です。

 

平成13年頃の

公演会場の入り口に掲げられたホワイトボード。

その会場内の様子。

部員がサンタに扮して

子供達にサービスするのは、

昭和でも平成でも

行われていたようです。

 

世代によって、

会場によって、

少しでも子供達を楽しませよう、と

いろいろな工夫をしていますね。

 

年によって忙しさにはバラつきがありますが、

ここに載せた平成8年の行事予定表を見ると、

12月に入って

土日が全く休めていない状況が分かります。

 

…しかし

この平成8年の公演予定は凄まじいなあ。

「忙殺」と言っても

過言ではないなあ。

きっと依頼が

「殺到」していたんだろうなあ。

同じ日程への依頼は先着順が原則で、

お断りすることも少なくありませんでしたから。

 

僕たちの世代では

このハードスケジュールのために

体調を崩す部員が続出していましたね。

 

ちなみに

この写真の最後に書かれている「斑鳩公演」は

毎年の常連のお客様だったらしく、

これ以降の世代にとっては特別の存在感がある

恒例の公演先だったようです。

 

 

そして

この「クリスマス公演」を全て終えたら

地方からの下宿学生達は

実家に帰省して行き、

正月を迎えるのですね〜。

 

posted by みん at 23:25| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月10日

ケコミ、その2

あけましておめでとうございます。

とーきです。

 

みんさんに代わってこのブログを書き始めてから

一年以上が過ぎました。

人形劇だいぶつに関係した記事だけを

いつまで書き続けることができるのか、

僕にも先が見えていませんが、

一年以上続けられるほど

(一ヶ月に1〜2回だけの更新ですが…)

いろいろとネタがあるものですね。

どうしても思い出話が多くなってしまうのは、

お許しくださいませ。

というより、一番の目的は

みんさんよりも年上の先輩からのアプローチを

気長に待っているのですよ〜。

 

さて今日は

「ケコミ」と呼ばれる人形劇の舞台について。

昨年1月に少し触れましたが、

今日はその続編。

これは、ケコミを組み立てている様子。

あれ?もしかして

組み立て、ではなく、解体かな?

ま、どっちでもいいか。

こんな構造で立てていました、

って、よく分かる写真ですので掲載してみました。

平成14年頃の写真です。

 

 

これは昭和49年頃のケコミ。

これは昭和55年頃のケコミ。

これは平成元年頃のケコミです。

 

外側に被せている暗幕や飾り付けを変えているので、

いろいろなケコミがあるように見えますが、

基本的な骨組みに使っているアルミパイプは

おそらく40年間

ずっと同じものを使用していたと思われます。

舞台形状のアレンジなどの理由で、

違う素材のパイプを買い足したりすることもありましたが。

 

 

これは昭和54年頃の写真。

こちらは平成14年頃の写真です。

少なくともこの写真のパーツは

同じものですよね。

そして、そこに書かれている記録。

僕が入部した1988年(昭和63年)には

すでに使用していたケコミですので、

少なくとも1987年以前から使用しているケコミを

修理しながら使い続けていた証し。

もし、昭和47年の創部時に作ったケコミを

7年後の昭和54年にも使用していたとすれば、

この3枚の写真からは、

創部時の大先輩がお作りになられたものを

休部までの40年間

ず〜っと使い続けていた、

との推測が成り立つ、

と言えるのではないでしょうか。

 

何と感慨深い…

 

お〜い、おじょう、かまち、ほげ。

君たちの痕跡はしっかり残っているぞ〜。

 

そして、ラビット先輩〜。

これをお作りになられたのは、先輩ですか〜?

ご連絡お待ち申し上げま〜す。

 

 

posted by みん at 21:36| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月01日

お久しぶりです(^o^)/

120416_0552~01.jpgみんです。

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m

最近はとーきが頑張って、ここのブログを更新してくれていて、管理人の私ことみんはちょっとおさぼりしていました。
ごめんなさい(^人^;)

今日はちょっと私の近況報告がてら、登場しました。

昨年12月の半ばにシングルに戻りました(*^_^*)
……で、今年の1月の半ばからは再び、奈良に戻ることにしました(^_^)v

橿原市、近鉄の大和八木駅の近くに住むことにしました。
通院する病院が近くにあるので…

とりあえず、住むとこは決まったので、次は仕事探しです(>_<)

20年ぶりの奈良住まい、むっちゃ楽しみですo(^-^)o

今はまだバタバタだけど、落ちついたら、人形劇、また、やりたいな(*^_^*)
みなさん、よろしくね〜(笑)


さて…引っ越し荷物整理やってると、実にいろんなものが出てきます。

だいぶつの頃の劇団員紹介、ろばのみみを見つけたり、奈良大学の旧校舎の写真集や新校舎になってからの学校紹介、はじめて飯田で公演した時のあたえる木の走り書きのノート、なぜか、とーきとの文通?の手紙の数々…(笑)
まぁ、今ならメールですまされることでも、あの当時は手紙だったからなぁ(笑)

とても懐かしかったけど、荷物整理でどんどん捨てまくっています。

なるべく荷物を減らさなくちゃいけないので、大変です。

私の結婚式の時の写真にとーきたちが軍手星人のアクション劇をやってくれた時の写真が出てきて、懐かしくなりました。
まだ15年前、とーきたちも若かったなぁ〜(笑)

さて、新生活が今年はスタート!!
がんばります(^o^)/

みなさん、応援してくださいね〜(笑)
posted by みん at 13:22| 愛知 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月11日

披露宴

とーきです。

恐縮ですが、今日は私事を書きます。



10月9日の項で少しだけ触れました

仲間内の結婚披露宴での人形劇公演ですが、

去る大安吉日に

無事上演完了となりました。



会場は某ホテルの結婚式披露宴会場。

お客様は新郎新婦の

ご家族・ご親族・ご友人・仕事関係の皆様。



ご本人から事前に聞いていた

出会いのきっかけやデートの話などを

動物の人形劇に仕立てて、

約10分間の「公演」。





上演後、新婦のご友人の方々から

「涙が出るほど感動しました。

 お二人のなれそめも

よく分かりましたし、

 新郎がどんな人なのかも

よく分かりましたし、

本物のお二人を見ているような気がするほど

演技もお上手で、

人形劇って、素晴らしいですね」

と、

これ以上無いくらいの称賛をいただきました。

 

そして、新郎のお母様は

「息子が大学で、人形劇のクラブに入った

 と、聞いてはいましたが、

 一度も見たことがなく

 何をやっているのか全く分からなかったのです。

 でも、今日やっと分かりました。

 こんなことをやっていたのですね」

と、

満面の笑みで、とても喜んでくれました。



先述の新婦のご友人のお二人は、

終演後、ケコミの中に入ってきてくれて、

人形たちを手にとりながら、

「へえ〜、手作りなんですね〜」

と、興味津々。





新郎が学生時代に青春をかけた「人形劇」とやらを

理解してもらいつつ、

お二人のラブストーリーも楽しんでもらう

一石二鳥のこの企画、

その目的は100%達成できた、と思います。

まあ、いつものとおり練習不足で、

ところどころ失敗はありましたが……。



「特技・人形劇」

そう言えることが誇りに思えた一日でした。





脚本&演出をがんばったゆっきゃん、

一緒にがんばった仲間たち、

本当にお疲れ様でした。

そして、やっちん、

おめでとう!



posted by みん at 21:18| 愛知 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする